日本翡翠情報センター(糸魚川翡翠・ヒスイ海岸・翡翠勾玉・翡翠大珠・ひすい)

日本翡翠と勾玉、天然石の専門店《ザ・ストーンズ・バザール》が運営する日本翡翠専門のホームページです。『宮沢賢治と天然石』『癒しの宝石たち』『宝石の力』(ともに青弓社刊)の著者・北出幸男が編集・制作しています。(糸魚川翡翠・ヒスイ海岸・ヒスイ採集・翡翠勾玉)。

『四部作・高尾山麓異界交遊録』 こぼれ話・目次

  1. ◆ 四部作・高尾山麓異界交遊録 こぼれ話・第一部
  2. 1 子天狗玄太はスーツが似合う父天狗とのふたり暮らし
  3. 2 バミリオンな恋物語とセクシャルなヨーガの奥義
  4. 3 ネットの時代のオンデマンド出版という便利な方法
  5. 4 盲目の琵琶法師・茜にもう一度会いたかった
  6. 5 美人生霊といっしょに出かけた子神たちのコミューン
  7. 6 修験者良源は霊界の師匠に指導されて覚醒する
  8. 7 密教ではクンダリニーの覚醒は秘伝とされてきた
  9. 8 ダキニは男性修行者を抱いて虚空に飛ぶ
  10. 9 メギツネはダキニの眷属、ダキニを熱愛することで彼岸が開く
  11. 10 ダキニに連れられて内なる両性具有を実現する
  12. 11 オオカミ使いのヒロが登場して四部作へと拡張された
  13. 12頓悟禅と漸悟禅、そして聖胎長養の長いみちのり
  14. ◆ 四部作・高尾山麓異界交遊録 こぼれ話・第二部
  15. 13 ヒロを助けるニホンオオカミが白黒2頭であることの理由
  16. 14『四部作 高尾山麓異界交遊録』の概略を手短に紹介します
  17. 15 第四部の主人公ヒロはオオカミ使いの霊能力者
  18. 16 パワーアニマルは彼岸への旅を先導する動物型の精霊
  19. 17 山姥が層を変えると老女、熟女から生娘に変じてい
  20. 18 ギャンブル依存症やアルコール中毒はキツネ憑きと似ている
  21. 19 弓月の失敗。山姥の名前は呉葉ではなかった
  22. 20 山姥はバリ島の魔女ランダやインドの女神カーリーに生き写し
  23. 21 天狗も阿修羅も生霊も人間以上に能力が高い
  24. 22 高尾山の天狗は有翼の怪人がキツネに乗っている
  25. 23 コモドオオトカゲに乗る龍騎士がトカゲの仙人に変じた
  26. 24 大僧正が鬼に変じて疫病除けの御札になっている不思議
  27. 25 元三大師のおみくじのシステマチックな仕組み

一部『四部作・高尾山麓異界交遊録』 こぼれ話・第一部

 新著『四部作・高尾山麓異界交遊録』では天狗、女狐、生霊、山姥など、どちらかといえば精神世界のダークサイドにいて、世の中的好感をもって受け入れられない人たちが活躍します。彼らがすてきな人たちであることの理解の一助となるよう、フェイスブックに綴ってきたこぼれ話を特集しました。『四部作・高尾山麓異界交遊録』(北出幸男、デザインエッグ社、2025)がさらに味わい深くなります。

子天狗玄太はスーツが似合う父天狗とのふたり暮らし

『四部作・高尾山麓異界交遊録』は①子天狗玄太、②美人生霊アイス、③トカゲの仙人、④メギツネとオオカミ使い、からなっています。このフェイスブックではお馴染みの山の家周辺が舞台になっていて、日常的な人間世界をちょっと離れた場所でくらす隣人たちの物語です。
 子天狗玄太は人間の少年と同じ姿でとても利発、スーツが似合う父天狗との父子家庭に育ち、初恋の相手はながの眠りから目覚めた姫神さま。美人生霊アイスは難病で身動きできない女性が生霊となって山の家近所に遊びにきて、ぼくと出会うところから異界巡りの物語がはじまります。トカゲの仙人はもとは修験の修行僧、メギツネ弓月と修行の日々を送り、ふたりともに羽化登仙して向こう側に転出していきました。彼らは気高い存在で、逞しく生きています。本ができた後で振りかえってみて、いとしい仲間たちに出会えたと思っています。(1/31 2025)(2-25-1 053) 

バミリオンな恋物語とセクシャルなヨーガの奥義

 拙著『四部作・高尾山麓異界交遊録』では各部の扉に鉱物写真を配していて、それぞれの物語の色調を示しています。アラジンの魔法のランプから魔神が出現するように、鉱物を眺めているとその色合いをした物語が開きだされてきます。  たとえば辰砂はもっとも有名な仙薬で、結晶を微粉末にして他の薬物とまぜて丸薬にすると不老長生の秘薬になるとされてきました。
 山の家には辰砂標本のコレクションがあって、通りがかりにその匂いをかぎあてた仙人から、少量をわけてもらえんかと無心されました。彼にはシャイなところがあって、はじめのころはトカゲに乗って出没したのでとおり名がトカゲの仙人、彼との出会いからトカゲの仙人と琵琶法師の物語がうまれました。そうしてさらに真紅の石からバミリオンな恋物語とセクシャルなヨーガの奥義も展開していきます。若かったころの仙人の神秘的体験など一般書籍では語られることの少ない体験談に触れられます。

ネットの時代のオンデマンド出版という便利な方法

 本を出版するのにオンデマンド出版という方式ができて、売れゆきを問わず自著を出版したいだけなら、手軽に実現できるようになりました。これまで本の出版は出版社の専業みたいなところがあって、出版社が制作し、著者に印税を払い、出版取次という問屋業者に委託して、全国の書店に配送する。書店は委託販売するという形式が主流でした。自費出版は諸経費の全額を著者が支払う方法で、出版を依頼した会社によっては書店に並ぶこともあります。
 オンデマンド出版はコンピュータ時代だからこそ実現できるようになった出版形式で、一冊分のデータを記録させれば、本を1部から印刷製本できます。出版を代行する会社があって、読者はアマゾンなどネットの書店で購入できる。著者にとっては出版してくれる会社を探す手間が不要で、自費出版ほど経費をかけずに自分の本を手にできる便利な方法です。『高尾山麓異界交遊録』というお話を書いて、出版社探しをする熱意がわかず、オンデマンド出版を考えました。PC嫌いの自分にはハードルが高そうでした。友人に全部やってもらって、『四部作・高尾山麓異界交遊録』は本の形になりました。旅行の途中で行きたい場所に行く方法がわからないでいるとき、ふいに連れて行ってくれる人と出会ったみたいでした。(2/02 2025)(2-25-1 040)

盲目の琵琶法師・茜にもう一度会いたかった

『四部作・高尾山麓異界交遊録』が自分の手を離れて日が経つにつれて、旅行途中で別れてきた友人を追想するように物語のキャラクターたちをいっそう近しく感じています。たとえば弓月は親しくあるがちょっと近寄りがたい。彼女はトカゲの仙人といっしょに向こう側にいってしまった。初雪とは年齢が二回りくらい開いていて、娘の成長を願う気持ちでいます。日増しに存在感を強めているのが盲目の琵琶法師で、このまま再会することなく忘れていくのを寂しく思っています。彼女は男子に生まれたけれど、自殺未遂して意識不明の数日を過ごして回復したら女になっていた。良源たちと別れた後、3年ほどで他界したというからもう会えずじまいです。登場人物たちが形を整えていくのにそれなりに時間がかかりました。けれど琵琶法師は旅行先での不意の出会いのように登場してそのまま心に居着きました。ネパールのバザールのような市場でござに座り、10羽ほどの雀を膝にのせていた姿を思い出します。(2/03 2025)(2-25-1 034 004)

美人生霊といっしょに出かけた子神たちのコミューン

 昔の人は心や身体に強いストレスがかかると魂は身体から離れていきやすいと考えていました。身体から離れた魂を探しにでて連れもどすのがシャーマンの役割。生霊(いきりょう)は哀しい存在であるけれど、めいっぱい虚勢をはって前向きのふりをしているのが「四部作の第二部」の美人生霊アイスのけなげなところです。同情せず普通の人と同じように付き合うのが大事と思っていました。
 だいぶ以前のこと、いまより敏感だったころ、駅への通い道に交差する路地の奥の方に立っていた生霊だか未浄化霊と目が合ったことがありました。面倒だなと思って帰宅しても、肩が楽にならない。あんたを助けるのはおれの役目じゃない、そこらの坊主に救いを求めたらどうだい、わかったら電話を鳴らして、と語りかけた。そうしたら直後に知人から電話がかかってきて霊障について訊かれた。通じたんだと思いました。
 個人的には霊とは一切付き合いたくない。けれど見初められたのなら仕方がない。生霊アイスを癒すには向こう側の世界への旅が必要で、訪ねていくことになったのは子神たちのコミューンでした。インドのあるアシュラムがモデルになっています。(2/08 2025)(2-25-1 046)

修験者良源は霊界の師匠に指導されて覚醒する

 神秘主義に興味を抱く人はオカルトファンのなかでも少数派で、「光と歓喜に包まれる突然の体験がある!」といってもあまり注目されない。日本の禅宗では「悟り」を目標としながら、「教外別伝、不立文字、直指人心、見性成仏」などといって、それがどういうものか説明しない。密教では即身成仏をうたっても定義がないようだから、自発的に餓死してミイラになることと錯覚する人もいる。おそらく僧侶も知らないから説教できないんだろうと思ってきた。『四部作・高尾山麓異界交遊録』では第三部の修験者良源は悟り体験しないと仙人になれない。彼は霊界のグル(師匠・導師)に指導されて覚醒する。
 ヒンドウ神秘主義ではそれを「サット・チット・アナンダ(実在(光明)・意識・歓喜)」の3語に凝縮してきた。クンダリニーヨーガの説明では根源的なパワーであるシャクティ(クンダリニー)が目覚める。爆発的な光明のなかで純粋意識(究極の実在)に触れる実感があり、とほうもない歓喜が身体を満たす(月の向こうまでぶっ飛ばされる感じ)。 仏教は「実在」を認めないので、同じ体験は般若と方便、智慧と大楽の合一として表現されて、金剛杵と金剛鈴に象徴される。密教の開祖金剛薩タが金剛杵と金剛鈴を持っているのは彼が解脱しているからだし、如来と明妃の合一で表現されもする(歓喜仏)。もし学びたければ、悟りにいたる方程式は般若心経で説かれていて、ベースはサーンキヤにある。脳裏に光明を瞑想してもそれだけでは光の爆発は起きない。難しい話と思う。(2/09 2025)(2-25-1 035)

密教ではクンダリニーの覚醒は秘伝とされてきた

(難しい話のつづき)ヒンドウーでは自己覚醒のプロセスは、肉体に重複する微細身という「気」の身体を想定して説明される。「気」はヒンドウーではプラーナ、密教では「風(ルン)」という。密教でこれを説くのは後期密教になってからで、空海が運んできた中期密教では明確になっていない。後期密教はチベットに運ばれ、インドで仏教が滅びた後も、修行者たちに研鑽された。日本の仏教研究者には淫祀邪教と毛嫌いする人も多いようだが、性は聖別されることで聖に転じて解脱のための乗り物になる(スケベなおっさんや生真面目な学者や女性たちには理解できない)。
 微細身では背筋に沿ってスシュムナーという「気」の導管が尾骨から頭頂へと伸びているが、基底部分のクンダリニーが不活性なので、世俗の人の多くはネズミのように欲に憑かれ妄想のままに暮らして死んでいく。
 クンダリニーの覚醒こそヨーガの要点で、『ハタヨーガ・プラディピカー』『サーペントパワー』などの日本語訳や抄訳がある。密教ではスシュムナーの左右にある月と太陽の導管の「気(風、ルン)」を、瞑想や荒行によって中央の管に導き入れることで、クンダリニーが覚醒すると説かれる。クンバカして気を突き上げる。太陽と月に分岐していたパワーがひとつに戻る。自己覚醒の道は開きだされていたものが畳みこまれていくプロセスだ。チベット密教の究竟次第やゾクチェンについて学ぶと詳しい解説に出会える。ベースにはサンキーヤがある。(2/10 2025)

ダキニは男性修行者を抱いて虚空に飛ぶ

『四部作・高尾山麓異界交遊録』では高尾山の女神としてダキニ(荼枳尼天)の名前がしばしばあげられる。ダキニとはなんぞやと思う人もいるだろうし、日本の密教に明るいのであれば死肉を食らう魔女のことか、と顔をしかめる人もいる。豊川稲荷の秘仏がダキニであり、大天狗と習合して高尾山に鎮座する飯綱権現の名で知られてもいる。
 でも拙著の物語のダキニはこれらに属していない。密教が中国や日本に伝来しなくなった後でインドで栄えた密教を後期密教という。ここでの密教はいっそう成熟して秘教色を強め、歓喜と光明に満ちたものになる。ダキニは聖なるパワーの権化となり、女性ヨーガ行者を指すようにもなって、ときには男性修行者を抱いて虚空に飛んだ。
 タントリズム好みの自分にとってはヴァジュラヴァラヒ(金剛猪女)やヴァジュラヨギニーなど女性憤怒神とならんで、ダキニは映画のヒロインを百人集めたよりまばゆい存在だ。2-25-1 024(2/17)

メギツネはダキニの眷属、ダキニを熱愛することで彼岸が開く

 タントリズムの女神ダキニは人類の意識のもっとも古層に属していて、狩りの獲物を生んで人類に与える洞窟の女神だった。インドではそれぞれの農村で信仰される天然痘の女神になり、やがて太母神カーリーの配下に組み込まれていった。火葬場でおどる死の女神になり、死肉あさりのジャッカルを眷属とした。密教にとりこまれて渡来してきたとき、日本にはジャッカルがいなかったので狐にのる女神になった。キツネといえば稲荷でダキニは稲荷に習合した。稲荷は鋳荷であり、たたら製鉄の神(金屋子神)としても信仰されている。
 日本では生みの女神は山の女神。山岳信仰で山の姿に仏を重ねみるようになって山は男性神格をおびたけれど、意識の古層ではいまも女神のままだ。後期密教ではダキニは修行者を悟りにみちびくパワーの権化になった。神仏を瞑想して仏たちの波動に自分が開かれていくように感じるなら、そこに満ちるパワーの波動がダキニそのものだ。山に入って霊気を感じるならそこにもダキニがいる。(2-25-1 120 027ダキニは辰砂の化身と思っている)(2/18)

10ダキニに連れられて内なる両性具有を実現する

(ダキニのつづき) ヨーガ行者はダキニと交わることで原初の両性具有にいたる。現在のように不完全な姿になる前、人類はもっと完全な姿で能力に満ちていたという思いがあって、残像が神話に残されている。宗教的修行はこの原初の完全性を回復することのようにみえる。ダキニは女にのってやってきてそうした世界へと男を開く。女性の場合はダキニを迎え入れるなら宇宙とひとつになる自分をみるのだろう。ヒンドウ-ではこの両性具有の存在はアリダーナリイーシュバラ・シヴァとして知られている。サーンキヤのプルシャ(精神原理)とプラクリティ(物質原理)はシヴァ派ではシヴァと神妃パールヴァティ(シャクティ)の結合とされ、リンガヨニに象徴される。
 インドの北のほうでシヴァ派と金剛乗仏教(密教)は混交してリンガヨニを現わす真言は観音菩薩の六字真言「オーム・マニ・パドメ・フーム」になった。マニは宝石、パドメは蓮華。「真理は蓮華のなかの宝石にあり」。ここでは蓮の花の内側に挿入された宝石をみて、両者は溶け合って互いに歓喜を与えあう。密教と禅宗の坊さんたちは般若心経の功徳を説くけれど、このことを知っている僧侶は少ないと思っている。産むという行為が果てなくつづく官能性のうちに世界はたゆたっている。(写真:シヴァリンガ)(2/19)

11オオカミ使いのヒロが登場して四部作へと拡張された

 新著『四部作・高尾山麓異界交遊録』の原型は電子書籍の『三部作・高尾山麓異界交遊録』にあります。アマゾンのキンドル会員は電子書籍を無料で購読できるという特典があって、実際に購読してくださった方の実数がつかめないという問題に直面しました。電子書籍には心許無い部分もあって、紙媒体にした場合のページ数を試算すると薄い本しかできない。せめて前著『日本ヒスイの本』と同じほどの厚みにするには、もう一話追加しなくてはならない。ニホンオオカミ使いのヒロというキャラクターを編んで完成したのが 『四部作・高尾山麓異界交遊録』です。三部作に比べて内容にも厚みがましてよかったと思っています。メギツネ3姉妹といいながら、茜以外のメギツネの存在感が薄かったのもだいぶ解消できました。予期しなかったことに歴史上の人物も登場して物語があでやかになりました。
 宣伝力皆無で無名の作家の小説、しかもマーケットの狭い精神世界ものなので、もとより人気商品になるというわけではありませんが、2年後くらいにはいくらか話題になるだろうと期待しています。2-25-1 044(2/23)

12頓悟禅と漸悟禅、そして聖胎長養の長いみちのり

「悟り」という特異な現象に長く関心を抱いてきた。仏教的な悟りには頓悟・漸悟のふたとおりの道があるという。良寛に関連した本を読んでいてこの言葉に出会った。頓悟(とんご)はたとえば夜間の瞑想中に裏山で青竹が割れる音がしてドキッとする、その刹那、瞬発的に悟ることをいう。漸悟(ぜんご)は登山で一歩づつ頂上を目指すように少しづつ悟っていく。修行途上でなにがしかの聖なる思いに触れる。それをきっかけに長い期間をかけて内なる聖性を養っていき、やがては神秘的体験をしたのと同じ境地に到達するのを「聖胎長養」というんだとか。禅語には漢文調で歯切れのいい言葉が多くてついひっかかってしまうが、良寛には華々しい悟り体験が見当たらず、倦まずたゆまず、周囲の声に影響されず、他と比較せず、愚痴らず、自分の内側の聖性をみつめて、老いていったようだ。何年か前、なにかをきっかけに良寛の歌に触れた。それまで『万葉集』のいくつかを除き、短歌をいいと思ったことがなかったのに、忽然と良寛ファンになり、彼について書かれた本を読みあさった。(2/27 2025)

二部『四部作・高尾山麓異界交遊録』 こぼれ話・第二部

             

13ヒロを助けるニホンオオカミが白黒2頭であることの理由

『四部作・高尾山麓異界交遊録』はザ・ストーンズバザール代表者・北出幸男の新著です。老いた呪術師が子供たちに神話を語るような山の家のご近所のヒトたちの物語です。登場するのは子天狗や姫神、美人生霊、メギツネやトカゲの仙人など、アニメの主人公顔負けの役者揃い。嬉し楽しの不思議世界を堪能できます。
 自分としては沼に棲息するミズチと同じほどに老いた精神世界マニアでも、手で膝を打ったりするであろう情報を、そこここにちりばめたつもりですが、どれくらい伝わっているかが気掛かりです。たとえば「第4部・メギツネとオオカミ使い」に登場するニホンオオカミの精霊が白黒2頭であるのにも意味があって、東大寺のお水取りの霊水を若狭から奈良へと地下水脈を運ぶのを先導するウミウの2羽に対応している。オオカミ使いのヒロは奥多摩の御岳山の修験者ですが、御岳山で古くに祭られていた神と、奈良橿原市の天香山神社の祭神は同一神で占いの神、明日香と御岳山はともにニホンオオカミを「大口の真神」として信仰してきました。第三部の琵琶法師とヒロは共振しています。

14『四部作 高尾山麓異界交遊録』の概略を手短に紹介します

 拙著の新作『四部作高尾山麓異界交遊録』をうちのホームページでも販売することにしました。本書だけ必要であればamazonに注文すると送料無料です。うちの場合はなにがしかおまけ付きの予定です。本書の概要は以下の通りです。
 東京都の西の端の観光地高尾山一帯に暮らす異界の住人たちの物語で4部構成。第一話は天狗の子供玄太とひなびた神社でながの眠りから目覚めた姫神との恋物語です。悪徳行者との戦いに勝利した子天狗は姫神とともに竜宮に旅立ちます。第二話は難病の身体から離脱した美人生霊の自己治癒を求めての冒険談。第三話は良源という修験行者がメギツネの助けを得て悟りの道を歩む物語で、美貌の琵琶法師が登場します。第四話は狼使いの修験者が魔族に誘拐された恋人の救出に向うお話で、往年の映画女優が蘇ったような、アッと驚く歴史上の著名人が啖呵をきります。長い時間をかけて書いたんだからたくさん売れるよう願っています。

15第四部の主人公ヒロはオオカミ使いの霊能力者

 第四部の主人公ヒロは年若い御岳山の修験者でオオカミ使いの霊能力者、世にいう除霊浄霊を生業(なりわい)としています。本名は県犬飼正弘といい、先祖に飛鳥・藤原京時代に朝廷の女官として活躍した県犬飼橘三千代がいます。ヒロがいうには県犬飼(あがたいぬかい)は、大和朝廷の直轄領から収穫した稲穂を保管した穀物倉庫(屯倉・みやけ)を管理する氏族で、番犬としてニホンオオカミと和犬を交配させた雑種を用いていたそうです。ニホンオオカミは明治38年に奈良県鷲家口(わしかぐち)での捕獲を最後に絶滅したといわれています。ヒロが使役するのは御岳山に祭られている神獣としてのオオカミで並の餓鬼なら瞬時に50人を喰い殺すほど霊力にすぐれている。ニホンオオカミが御岳神社に招来されたのは、奈良の明日香のほうからヒロの先祖が移住してきたことによるそうです。自分が駆け出しのルポライターだったころ、ニホンオオカミ生存説を主張する斐太猪之介という作家を取材したことがあった。彼は芦屋のほうに住んでいてニホンオオカミのものだという毛皮を見せてもらった。あれから50年ほどの年月を経てオオカミが帰ってきました。(鷲家口は現在は東吉野村小川、丹生川上神社中社がある)

16パワーアニマルは彼岸への旅を先導する動物型の精霊

 日常的な現実感に縛られた意識を脱ぐと、そのむこうにそっちこそ本当の現実だと思えるようなよりリアルな世界が開けてきます。かつては神々や精霊の世界とされてきたし、われわれの魂のふるさとと信じられてきました。そちら側を体験して向こう側へと自分の価値観を移すような姿勢を神秘主義といいます。
 古代の感性ではこちら側は向こう側から開きだされてきたと考えられていたので、呪術師たちは向こう側へと意識を変性させることで、こちら側に必要な情報を汲みだしてきました。向こう側の旅に必要なガイドを霊的動物が勤めるとき、それらをパワーアニマルといいます。うちではながくブリンギングアニマルとよんできました。パワーアニマルは守護神の眷属であり、化身とされることもありました。
 日本では守護動物は呪術師を先導するので「オサキ」とか「ミサキ」とよばれ、世俗の人たちからは恐れられ、悪者あつかいされた。さらには「サキ(先)」から「裂け」を連想して尾が裂けているとの俗信もありました。
 向こう側のもうひとつの現実は祭りの日にあらわになる。「ハレ」の日に対して「ケ」の日々はしぼんだ風船のように味気なく、神話や童話は「ハレ」を憧憬する心根のほうから沸きあがってきた。『四部作 高尾山麓異界交遊録』もまた向こう側の物語です。

17山姥が層を変えると老女、熟女から生娘に変じていく

 新著『四部作・高尾山麓異界交遊録』には背景を知るとより興味深くなる登場人物が何人かいます。たとえば第4話の山姥(やまんば)は、口汚なく、薄汚れていて、悪意の権化のようです。十二単の花嫁衣装は雑巾のよう、しかも小柄なものだから着物の裾をひきずる始末。それでもどこか哀れで憎みきれません。
 子供のころの母方の祖母の昔話に登場した山姥は、村が飢饉に襲われやむなく息子におぶわれて山奥に捨てられた老婆のなれのはてでした。彼女は道に迷った旅人の寝首をかき切り、人肉を食べて生命(いのち)をつなぐ妖怪になった。山姥と聞くだけで身体が凍るほど怖かった。
 民俗学に関心をだくようになって山の神さんは女神であると教わりました。それでは山姥は女神の母かというとそうでもなくて、女神の顕現ないし権現(かりの姿であらわれる)であるという、そのことが不可解でした。原因はお山に男社会の倫理を持ちこんだ修験者たちにあって、女を拝み女にぬかづくのは沽券にかかわると思ったらしい。お山を仏たちの曼陀羅に見立てるいっぽうで、お山の女神を醜い老婆に変えてしまいました。たしかに男の政治家たちの考えそうなことだと思っています(女の政治家も同類)。山姥の皺が落ち、黒髪が戻り背筋も伸びて若返り、乳房にはりが戻ると、山姥はダキニにたちかえります。

18ギャンブル依存症やアルコール中毒はキツネ憑きと似ている

 日本の民俗信仰ではキツネ憑きに代表されるように、キツネ、タヌキ、ヘビ、浮遊霊、生霊(いきりょう)など、いろいろなあやしのものが人に憑く。現代では餓鬼が憑霊すると仮定すると、納得できるケースが多いだろうと疑っています。憑霊というと新興宗教のだましの手口めくが、ユング心理学的に潜在意識の想念の核のようなもの(元型という)のひとつに憑きもの元型があると想像して、それがパワーをたくわえて活性化し、表層意識を呑むといいかえると心理学風になります。
 人が死ぬと地獄・餓鬼・畜生・人・阿修羅・神の6つの階層のどこかに転生していくと仏教では説く。これらは人間界とは違う時空にあるわけではなく、世俗の人間に感じられないだけで、いまここに重複して存在しています。人間は心の持ちようで餓鬼や畜生、阿修羅のような日々を送る。家はゴミ屋敷同然で嫌われ者だったり、妄想じみた自己主張を押しとおすクレイマー、ギャンブル依存症、アルコール中毒、そういった人たちは餓鬼に憑かれた結果であると解釈できます。または餓鬼レベルに人格が落ちてしまっているわけです。 周囲の人たちに理解されずにふさぎこんでいたり、相手にしてくれる人がいなくて寂しさをつのらせていたりしている人たちが「鬱」に溺れていきます。腐臭に魅せられるハエのように、餓鬼もまた心根が腐って悪臭を放つヒトに引きつけられて、人に憑く。解決法があるんだろうけれど、彼らの心の腐臭に感染しそうで近寄りたくない。

19弓月の失敗。山姥の名前は呉葉ではなかった

(山姥のつづき)長野県戸隠(とがくし)や鬼無里(きなさ)で山姥は鬼女として語られていて、山姥もしくは鬼女の伝説は歌舞伎や能の演目のひとつになっています。都をおわれた呉葉という美女が改名して紅葉(もみじ)を名乗り、戸隠に流され、徒党を組んで近隣を荒らしまわるが、朝廷から派遣された武士によって退治される。彼女は紅蓮の炎に乗って空中飛行し、武士がいかに戦おうと勝ち目はなく、ついには仏の霊力にすがって退治したという。なまえの呉葉は中国江南の呉越を連想させます。
 戸隠は九頭龍という八又の大蛇(おろち)を岩戸で隠したとの伝説に由来する地名で、近隣の飯綱山とともに修験の霊場となってきました。霊獣クダギツネを使う呪術「イヅナヅカイ」は飯綱山の修験者によって編みだされたらしく、信濃のこのあたり一帯はタントリックな女神の聖地となっています。日本の伝承や民話は地方ごとに発達していて異論も多い。山姥は日本版グレートマザーでバリ島のランダの双子の姉妹のようです。四部作ではメギツネの弓月が山姥を「呉葉」と呼ぶが、山姥は見当違いとあざ笑う。呪術では相手の本当の名を知るものが勝利をおさめる。弓月はこのミスがもとで負傷しました。

20山姥はバリ島の魔女ランダやインドの女神カーリーに生き写し

(山姥のつづき) 山姥とバリ島の魔女ランダは源流をたどるとインドのカーリー、ドゥルガに行き着きます。ネパールの生き神クマリの背後にいるのはドゥルガの異名タレージュ。彼女らは中近東からエジプト、地中海、ケルトへつづくそれぞれの土地で異なる名前の地母神になっています。個人的にはインド神話やタントリズムを理解するのに忙しくて西欧の女神たちの名前を忘れてしまっています。新大陸では幾つかの北米先住民の間で、スパイダーウーマンという英語名で知られているし、『世界女神大全』などという本を開くならまばゆいばかりの女神たちに会えます。女神は三身で顕現するともいわれています。少女は神秘的パワーの純粋無垢さを現わし、成人は性の豊穣と歓喜、生殖、繁栄を体現し、老婆は魔力を伝授する役目をになう。山姥は弓月であり初雪でもあることに気付けます。

21天狗も阿修羅も生霊も人間以上に能力が高い

『高尾山麓異界交遊録』では第一話が天狗、第二話は生霊、第三話は若かったころのトカゲの仙人とメギツネが活躍します。書き足した第四話ではメギツネ3姉妹と山姥との戦いが繰り広げられます。
 天狗もメギツネも世間から不当に扱われていると感じてきました。人類は自分たちの優位を誇示するために近似のものをおとしめてきた。人種間、民族間、都市と地方、村と村の間に差別があって、差別することで自分たちを立派に見せかけてこられた。精霊たちへの蔑視も例外ではありません。
 みんなでよってたかって差別する標的を貶めて攻撃すれば「いじめ」になります。「いじめ」によっていじめる側のストレスが緩和される。社会問題となっている子供たちのいじめは大人社会の模倣です。天狗も阿修羅も生霊も、ほんとうは人間以上に能力が高く、たくましく生きている。そのあたりのことを強調しておきたかった。
 天狗は昔の中国で、天が吠えたごとくに音をとどろかせる流れ星や隕石の落下を「天の狗(犬)」と呼んだことに始まるといいます。日本で修験道が盛んになると、山伏姿の修験者をモデルに鳶(とび)の顔をしたり、赤くて長大な鼻をして、背中に翼を持った天狗像が編まれました。山伏姿はコスプレであっても、高尾山の祭りで彼らを見ると超能力者のようにみえてしまいます。精霊は人間たちの文化の都合によってさまざまに姿を変えていきます。2-25-1 043、4-25-2 346(4/25)

22高尾山の天狗は有翼の怪人がキツネに乗っている

『天狗はどこから来たか』(杉原たく哉、大修学館書店、2007)を再読。前回読んだのは2018年でした。著者の専門は古代中国美術とかで、中国での夜叉(ヤシャ)や羅殺(ラサツ)関連の記事が多かった。仏教ではもと悪鬼や妖怪で仏法守護に転じた八部衆という、更生したギャングさながらぶっそうな連中がいます。龍(ナーガ)、夜叉(ヤクシャ)、阿修羅(アシュラ)などで、鳥頭人身のカラス天狗風妖怪は中国の仏典では夜叉の一味と考えられていたらしい。日本では修験の行者をモデルに山岳宗教にとりこまれて、山の妖怪になり、仏法の守護者になりました。修験者も里人からみれば相当不気味でした。高尾山の天狗は稲荷と習合していて、有翼で鼻の長い修験者衣装の怪人がキツネに乗っています。20代のころ高尾山に初詣でにいって、群衆の後ろから賽銭に500円玉を投げたら、賽銭箱の桟に当たって、手のなかにすっぽりと戻ってきたことがあった。以来、高尾山に親近感を抱いていて、山の家もとくに選んだわけではないのに、不動産屋に連れていかれて山麓とよべるほど近くに家を買うことになった。「縁」というものがあるんだろう。

23コモドオオトカゲに乗る龍騎士がトカゲの仙人に変じた

「第三話・トカゲの仙人」のキャラは当初、fbの話題稼ぎだった。コモドオオトカゲに乗る龍騎士のようにマッチの軸ほどの仙人がトカゲに乗って、花壇の端のブロックの上を右から左に走り抜けるのは風景としてとってもシュールでした。物語に登場するには人間だった時代の名前が必要になり、彼は良源と名乗りました。どこに由来するのか発端をおもいだせません。だから茜は「老師(トカゲの仙人)は若かったころの名前を良源といいました。平安時代の疫病退治で有名な僧と同じ名前だそうですが別人です」p116と、いうにとどまりました。
 それが昨日のこと、『新しいおみくじの本』(藤井俊道、寿海出版、1993)という本をを開いて、神社寺院で引くおみくじには作者がいて、元三大師(がんざんだいし)という僧侶であることを知りました。ネットで検索すると、彼は天台宗の僧侶で第18代座主を務め、降魔大師とか角(つの)大師ともよばれた慈恵大師・良源(912-985)その人でした。正月3日に入滅したから元三大師といい、おみくじは陰陽思想の精華だそうです。住まいの近くでは良源は深大寺に祭られています。不確かでいい加減な記憶のせいだろうけれど、良源というキャラクターは、向こう側から授かったようで驚くと同時にありがたい思いがしました。(4-25-2 420魔を睨みつけて退散させるギョロメ大吉勾玉) (4/28)

24大僧正が鬼に変じて疫病除けの御札になっている不思議

 角のある鬼が座って笑っている御札がある。それがトカゲの仙人こと、良源の似姿であると知って大慌て、ネットでリーフレットやマグネットを取り寄せたりと、突然の良源マイブームにわいています。
 良源は法力の強い僧侶で、都に疫病が流行ったとき、鏡に映る自分の姿を描くよう弟子に命じて禅定に入りました。やがて鏡に角(つの)のはえた黒い鬼が姿をあらわしました。良源は鬼の図柄を大量に印刷させて御札として配った。病魔を睨む鬼の姿に疫病は収束していったといいます。角(つの)大師とか降魔大師とよぶ御札は凶を吉に変える霊験あらたかな護符として、いまも信仰されています。良源は知らなかったのが恥ずかしいほど偉大な行者でした。
 ちなみに不動明王の憤怒の姿は強力パワーの表現で、彼が怒っているわけではないのと同様、鬼の姿は人知を超えたパワーを現出させた姿で、良源が鬼だったというわけではありません。

25元三大師のおみくじのシステマチックな仕組み

『新しいおみくじの本』(寿海出版)によると、全国の神社仏閣で販売されているおみくじの主流は元三大師(がんざんだいし)こと、慈恵大師・良源(912-985)の原作になるそうです。おみくじ入門の知識を急ぎ仕込んできました。
 おみくじは1から100番まである。天から流れでたパワーの大河が10の支流・十干(じっかん)に別れ、それぞれがさらに十干に別れることで100のパターンが生まれる。それがパワーの流量にしたがって、大吉から小吉・吉・半吉・末吉・未小吉・凶の7つに区分けされる。ひとつの札(ふだ)でも4句にわかれていて、1句目は1~15歳、2句目は16~30歳、3句目は31~45歳、4句目は46~60歳向きで、61歳からは元に戻る。
 陰陽五行の考えでは陰陽(地と天)が交わるところに木・火・土・金・水のパワー要素が生まれ、それぞれに濃淡をみて十干(5行の兄と弟)になる。天の十干と地の十二支の組み合わせで森羅万象や人の運命が開きだされてくる。開き出しの瞬間に干渉することで結果に変化を及ぼせるというのが、呪術の基本的思い入れです。天台の良源とトカゲの仙人・良源はそれほど違いのないキャラクターでした。