JADE HUNTER
ヒスイハンターはヒスイ海岸での一攫千金を夢見る
石好きなお客さんたちと話していると、みんながみんな、ヒスイ海岸へ翡翠原石を拾いに行きたいと願っていることに驚きます。実際にヒスイ海岸へ行って鵜の目鷹の目翡翠を探したけれど、見つからなかったというお話を聞くこともあります。
そんなふうなので「日本翡翠情報センター」の特集ページは、誰もが体験できるヒスイハンター入門から始まります。苦難に満ちた冒険などまったく無縁、海岸を歩いて宝物を捜す、運がよければこれまで誰も手にしたことがないような高価で華麗な翡翠原石が自分のものになる。こんなにもステキな話はヒスイ・ハンティング以外にないと断言できます。英語では鉱物採集をミネラル・ハンティングといい、翡翠であればジェード・ハンティングというのが筋ですが、翡翠採集に関しては和製英語のヒスイ・ハンティングが定着しています。
広義のヒスイ海岸は糸魚川駅から富山県よりに、青海・親不知・市振とつづく海岸の全部を指します。特別なヒスイ・ハンティング・スポットというものはなく、海岸に出て、波が運んできた小石がたまっているような場所なら、どこでも翡翠原石を拾える可能性があります。あちらこちらにテトラポットが埋められています。テトラポットのない場所を選んで翡翠を探します。ベテランのヒスイハンターともなれば自分だけのハンティング・スポットがあるようですが、そこにだけ翡翠原石が集中的に打ち上げられるということではなくて、慣れた場所では、小さな異変に目が届きやすいということのようです。
狭義のヒスイ海岸は市振駅の次の停車駅、越中宮崎駅の前に広がる約4キロの海岸を指します。この土地は富山県下新川郡朝日町に属しているので、糸魚川市で入手できる観光マップには記載されていません。列車でなら越中宮崎駅で下車。無人の出札口を出て、目の前の海岸に向かって2、3分歩くだけで波打ち際に立てます。車で行く場合も越中宮崎駅を目標にします。
ヒスイ・ハンティングにはビギナーズラックを期待する
休日の1日をビギナークラスのヒスイハンターになるのに特別な装備は必要ではありません。海岸を散歩できる衣服であれば十分、波打ち際を歩くにはナガグツがあったほうが便利です。海は凪いでいるようでもふいに大波が来ることがあるので波に気をつけろとか、熱中症に注意するとか、ゴミは持って帰るとか、注意点は常識の範囲内。ヒスイ・ハンティングには前を歩いている人を黙って追い越さないという暗黙のルールがあります。追い越したい時は大きく迂回する。前の人が踏んだ靴跡に小振りの翡翠原石が顔を出すこともあります。
地元のヒスイハンターは海が荒れた日の翌日の早朝を狙って浜に出かけます。マニアックなヒスイハンターともなると車に寝泊まりして翡翠原石を捜します。ぼくらのような旅行者は彼らの猟場のおこぼれを捜すようなものなので、実際問題、翡翠捜しは容易ではありません。アリになったつもりで匍匐前進しても見つかるのは姫川薬石だけということになるかもしれません。こんなときは小石が層状に集った場所を掘るつもりで崩して捜すといいとベテランのヒスイハンターに聞きました。防潮堤の階段には先人が拾った原石を選別した場所が残っている場合があります。プロといえども翡翠原石の鑑別は難しくて、迷いだしたらきりがなくなります。そんなふうなので、誰かが残していったクズ石の山のなかに本物の翡翠原石が埋もれている場合があります。
もっとも基本的なヒスイ・ハンティングは波打ち際で、波が運んできた白っぽい石を、波に濡れないように注意しながら拾います。地元のヒスイハンターにコツを尋ねて、「白く輝く原石を探して、石を乾かして陽光にかざして、味の素の結晶のようにキラキラと光る部分のあるものを選んでいる」と教わったことがあります。その人に見せてもらった浜からあがったばかりの翡翠原石は、親指大で全体に白く、3分の1ほど明るい緑が混じっていて、陽光にかざすと、緑はいっそう美しく輝いて、海神の贈り物なのだと納得できるほど見事でした。
「石は石を呼ぶ」ので、ヒスイハンター初心者はアユ釣りのおとりを使うように翡翠捜しには小さな翡翠原石や翡翠勾玉などの製品を持っていくと、ビギナーズ・ラックを期待できます。ぼくのヒスイ海岸初体験はまったくの空振りで、現地のヒスイハンターからいただいた小指大の翡翠原石と親指大のネフライトが翡翠の女神ヌナカワヒメからのプレゼントのようでした。2度目のヒスイ海岸では「石に絵や書を描く趣味」のために黒くて平らに磨かれた変成岩を熱心に集めました。やっぱり翡翠はだめだった、もう帰ろうと海に背を向けて4、5歩、歩いた足先に、誰がどのように見ても翡翠だとわかる梅干し大の原石が鎮座していました。
翡翠原石探しに疲れたら浜辺に座って海を眺めるのも一興です。その海は日本列島と中国大陸との間に開けた極東の地中海であり、遠い昔にヌナカワヒメの一族が、中国大陸のどこかから渡ってきた海であり、ヒスイ海岸はヌナカワヒメに妻訪(つまどい)するためにオオクニヌシがたどりついた浜。1千年ほど前には大陸北方の渤海国から幾度も渤海使が渡ってきた土地柄です。ヌナカワヒメとオオクニヌシの時代、たぶんそれは卑弥呼の邪馬台国が栄えるのとほぼ同時代か、少し前の時代、日本列島は山陰・北陸側が表玄関で、太平洋側は僻地でした。このホームページでは翡翠の女神・ヌナカワヒメについてもおおいに探求するつもりでいます。
ヒスイハンターになるには翡翠類似石を熟知する
ヒスイ・ハンティングに行く前に「何が翡翠原石か?」を知っておくのは絶対に必要。それもインターネットで写真を見るだけというのではなく、本物翡翠原石に実際に触れることが大切です。ヒスイ海岸で拾える翡翠原石は全部が緑色のものなど滅多にありません。白色の地に緑の斑(ふ)が入ったり、全体が若草色に染まって、いかにも翡翠らしい原石も稀です。翡翠原石は白黒斑(まだら)のものや、くすんだ灰色のもの、緑と黒が斑(ぶち)になったものなど千差万別。とにもかくにもたくさんの原石に触れることが翡翠の鑑別眼を養う唯一の方法です。
多少なりとも原石を識別できるようになれば、これは翡翠らしいとか、らしくないと区別がつくようになりますが、そうでないと、目の前に時価数十万円の原石が転がっていても見逃して帰るということになりかねません。実際にベテランのヒスイハンターともなると、みんなが歩いたあとの浜辺で2キロや3キロの大振りの翡翠原石を見つけるのはまれではないといいます。
翡翠っぽい石というのがわかるようになったら、次に重要なのは翡翠類似石について学ぶこと。たとえばアルビタイト(曹長岩)やロジン岩という岩石があるのですが、これらのなかには一度迷いだすと、もう納まりがつかないほど翡翠原石にそっくりなものがあります。翡翠原石の鑑別は良く似た石の名前を消去していくことで最後に翡翠だろうと推測することになります。
それでもやっぱり、ヒスイ海岸で拾った原石が本物の翡翠なのかどうか? の鑑別は相当に難しく、ヒスイハンター歴10年のベテランですら、しばしば頭をかかえるところです。専門家の意見をあおぐには、ヒスイ海岸近くの翡翠原石販売店が開いていれば、そこでおもに店主の経験によって鑑別してもらえると聞いています。ホッサマグナ・ミュージアムでは一人5個まで、無料で鑑別してもらえるそうです。東京や大阪の宝石鑑別機関に鑑別を依頼するとなると3万円以上かかる見込みです。
たくさんの翡翠原石を見て鑑別眼をやしなう
以下の写真15点は全部日本翡翠原石です。越中宮崎のヒスイ海岸で拾われたものもあればそうでないものも含まれています。大きさは左右に4センチから10センチ大まで。日本翡翠原石にはいろいろなものがあるのだとおわかりいただけると、翡翠への興味がいっきょに膨らむと思います